以前、在日韓国人の知人が「帰化」というのは帰属同化のことだと教えてくれた。日本では、メンタリティまで同化しないと、国籍を取らせない。だから、ブラジルなど外国籍の児童が日本で育つのを支援するときも、日本と同化させることが「支援」とされてきたという。たとえるなら、“おじや”みたいに、個々のちがいがわからないくらいに同化させようとする。しかし、多文化共生というのは、サラダボウルみたいに、個々の文化を尊重しながら、それでいて調和のとれている状態だ、と。相撲とサッカーのちがいも、そんなところがあるような気がする。

なぜ、相撲やらサッカーやら帰化の話などを引き合いに出したかといえば、多文化共生というのは、外国人との共生にかぎらず、日本人どうしでも必要な概念だろうと思うからだ。いまや日本人だからといって一枚岩(=おじや)ではなくなっているわけで、社会構造的にも、バラバラになっている。それなのに、意識だけでは“いっしょ”であろうとして、ヒステリックになっている。異なる他者を異なるままに認め合う知恵が、すべての人に必要になっていると言えるだろう。  (つづく)

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でも、おじやって、おいしいですよね。
鍋の後とか最高ですが、季節的には、いまはいらない感じです。