先に引いた上野千鶴子さんのインタビューに「ノイズのうちで、ノイズのままのものと、情報に転化するものがある」とあった。情報が発生するのはノイズからだが、ノイズのままでは情報ではない。このノイズが情報になるのに、とても大変な場合もある。

たとえば『発達障害者当事者研究』 という著書のある綾屋沙月さんは、アスペルガー症候群の当事者として、みずからの状態を次のように定義している。

「身体内外からの刺激や情報を細かく大量に拾いすぎてしまうため(選択肢の過剰)、意味や行動のまとめあげ(縮減)がゆっくりな状態。また、一度できた意味や行動のまとめあげパターンも容易にほどけやすい」(『発達障害当事者研究』医学書院2008)

また、最近ネットにアップされた論文で、綾屋さんは、現代社会は「総自閉症化」しているのではないかと指摘している。かつてとちがって、現在はひとつの価値観や技術で一生を生きていくことは難しくなり、産業も価値観もめまぐるしく変化している。また、共有するルールが喪失し「予測し得ない応答=ノイズ」が生じやすくなっている。そのため、「現代は、私が新たに定義したような自閉的傾向を多かれ少なかれ誰もが持つようになり、身動きがとれず立ちすくむ時代だとも言えるのではないか」と。そして、綾屋さんのように「ゆっくりていねいに意味や行動をまとめあげるタイプの人間が、そのような社会の中で『障害化』していったのではないか」と考察している。(「隙間に立ち上がるもの-ノイズ・ノリ・熟議-」2010

この論文、“すきま”だとか“ノイズ”を検索していて見つけたのだが、とってもおもしろかった。具体的な自分の経験から、ていねいに考察が深められている。こういう状況のなか、綾屋さんが実際にどうしてきたのか、今後にどういう方向を展望しているのかは、そんなに長い論文ではないので、ぜひ読んでみられたし。 (つづく)

*『発達障害当事者研究』はフォロにも置いてます。
『Fonte』291号(2010.06.01)にも、綾屋さんのインタビュー記事が出てます。購読してないと読めませんが、これもフォロで閲覧可能です。