発達障害の場合にかぎらない。くりかえしになるが、現在は、それぞれの価値観がバラバラで、社会はこの上もなく流動的で、自由だが不安な社会だ。そういうなかで、「空気を読む」ことや他者の視線を意識することが、かつてないほどナーバスなものになっている。それは、そこに支配的な空気=ノリを読みとって、それに同調することとも言える。しかも、その空気はいつ変わるかわからない。いじめでもコロコロと加害者と被害者が入れ替わってしまうみたいに、その場を支配している空気=ノリは、つねにアンテナを張ってないと読むこともできない。だから、へとへとになってしまう。みんなが排除されまいと必死になっている。それは学校や職場にかぎらない。フリースクールやフリースペースだからといって、例外とは言えないだろう。

そこに支配的な空気を前提にして、必死に空気を読むのではなく、むしろ、空気のズレに配慮すること。なかなか難しいことで、私など鈍感きわまりないと自覚・自戒しているが、そういう配慮や知恵が必要になっていると思う。 (つづく)

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カマキリが脱皮してました。
本文とは関係ありません……。