今日、『トークバック』(坂上香監督)を観てきた。テーマは、前作『ライファーズ』に続いて、暴力の被害者が、その経験を含め自分自身と向き合い、それを他者とシェアしていくことで、自らを再生していくプロセス、と言えばよいだろか。
映画に出てくるのは、メデアというアマチュア劇団。HIV陽性と判明した女性たちが、演劇を通して、みずからの経験を「語って」いく。HIVに罹患したことは、それ自体、重たい問題だが、そこに至るまでの背景があり、そして、罹患したことによる二次被害もある。言ってみれば、前にも後ろにも困難の積み重なるなかで、現実を直視しながら前に進むのは、ひとりでは、けっしてできることではないことだろう。同じ立場の仲間がいて、最初は仲間に対して自分を開き、そして広く社会に向かって、自分を開いていくことで、他者とともに、自分(の現実)を受けとめていくことができるのだと思った。
監督の坂上香さんは、「非言語表現が、その人の経験を言語化することに役立っている」と話していた。たしかに、いきなり言語化ということだと、直截的に過ぎるのかもしれない。自分を開いていくには、周囲の人間への信頼関係が不可欠で、それが熟さないかぎり、乱暴な手つきでフタを開けるようなことは、かえって危ないことにちがいない。まだ言葉にできない、どろどろしたものも、身体を通じて(言葉以前のものを通じて)、分かち合われることで、それが信頼につながっているように感じた。
たぶん、いまの日本社会でも、周囲への信頼関係は希薄化していて、だからこそ、自分のなかのどろどろしたものを他者に開くことができず、それゆえに自傷行為や依存症などになってしまっていることも多いような気がする。
私たちも、づら研(生きづらさからの当事者研究会)を開いているが、もっぱら言語に頼っているところがあるので、もっと身体レベルで考えられることも、あるように思った。いま、いろいろな当事者研究の団体にうかがって、勉強させてもらっているところでもあるので、また、いろいろ工夫を重ねていきたい。   (山下耕平)