引き続き、メンバーの手記を紹介する。今回は、“逆さ男さん”の手記。
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 この原稿を書きはじめる数週間前、僕はコムニタス・フォロで知り合ったM氏とカラオケで歌っていた。そのとき歌った曲に、詐欺罪で捕まった某音楽プロデューサーの曲も入っていた。その歌にこんな一節がある。

Since 1984
Lookin’ for the Face
Lookin’ for the Place

 このフレーズのなかのPlace=「居場所」、Face=「人生」と置き換えてみると、ついこのフレーズは自分のことを指しているのかと思い、切なさを感じてしまう。
 なぜこんなことを書くのかと言えば、この文章の目的=「自分自身の生きづらさを表現する」ためには、わかりやすい「最初の一歩」ではないかと思ったからだ(あくまで主観だが)。
 最近、僕はいろいろ自分のなかの変化に気がつくことがある。音楽でもマニアックなものよりシンプルなロックンロールが好きになったり、服の趣味がブランドっぽい服よりスポーティな服が好きになったり。そして、「おカネを手に入れるためには仕事でイヤな人間関係をガマンしたり、利害関係を考えて時にはゴマをすったりすること」という、会社ではふつうに行なわれていることを「なぜそのようなことをするのか?」と疑うようになった。そもそもそんな価値観がなぜ当たり前になっているのか。もっと、いろいろな価値観があってもいはずなのに、今の社会は画一的で息が詰まる。こんな社会では、他人に対して優劣をつけて優越感を持つことでしか自分が安定しないような気がする。何とも生きづらい世の中だ。
 自分に対しても世の中に対しても、悲観的では希望も持てない。こんなことをある人に話すと、その人から「神に祈れ」と言われたが、いまの僕に必要なのは宗教的な価値観よりも自分が自然体でいられる居場所だ。そして自分の置かれている状況を説明して共感してくれる仲間である。(つづく)