今月のづら研は、「怒りへの対処法」がテーマだった。フリートークで、それぞれの経験や工夫を持ち寄ろうということで開いた。
具体的なエピソードは勝手には書けないので割愛するとして、私の独断でおおまかに抽出すれば、下記のようなことが語られたように思う。

●怒りのあり方
・怒りには、自分が向けてしまう場合と、向けられる場合がある。
・怒りには、対象がハッキリしていて、その対象に向けられる健康な怒りと、対象がハッキリしなかったり、対象に向けられなくて、暴発して誤爆してしまう不健康な怒りがある。
・怒りを感じていても、それを対象である人に向けてしまうと、関係が壊れてしまったりするので、なかなか対象の相手に向けられない。
・誤爆対象は、物だったり、他者だったり、自分だったりする。
・誤爆のあとは、すごく後悔するが、なかなかやめられない。
・自分の怒りの根本が何なのかがわからないetc…

●怒りへの対処法
・加害/被害は、おたがいさまの場合も多いが、自分の加害を認めることは難しい。
・怒りを向けられたとき、怒りで返してしまうとスパイラルになってしまう。
・しかし自分に溜め込むのはしんどいので、上手なアウトプット方法を模索したい。
・直接に関係のない人のほうが、アウトプットしやすかったりする(カウンセラー、ちょいワル仲間、ペットetc…)。
・渦中にあるときは、なかなか自分でもコントロールが難しい。
・ちょっと距離をとる工夫が必要。
・距離のとり方には、空間的/時間的/関係的、の3つがある。
・根本は関係の問題だが、そこから考えるとうまくいかないので、空間や時間で距離をとったほうが、かえって関係の距離はとりやすかったり、修復にもつながったりする。
・相手の立場や背景、もっと言えば社会状況などが見えてくると、自分の怒りも、ほどけてきたりするetc…

●残った疑問

・いわゆる「支援者」としてのスキルならともかく、対等であるはずの人間関係を、あまり技法的に考えるのには違和感がある。
・怒りのエネルギーを個人で解消してスッキリさせるだけではなく、社会運動などに転換していく必要があるのではないか?
・なんらかの工夫を入れないと、人間関係がまわらなくなってしまっているのではないか? それを専門家や支援者にゆだねるのではなく、自分たちで工夫を積み重ねていくということも、ひとつの運動ではないか? etc…

話は尽きなかったが、なぜか笑いも尽きない、今回のづら研だった。

べてるの家の当事者研究も、「爆発」の研究から始まったというが、怒りは自分でもコントロールできないものだからこそ、情報公開して、研究する価値はあるのだと思った。(山下耕平)