今回は、樹医の盛田直樹さんにお話をうかがった。
盛田さんは、青森の出身で、高校卒業後、東京でサラリーマン生活を6年ほど続けていたが、頭ばかりを使う生活に違和感を覚えて休職し、自分のことを考えたいと、半年ほど無為の生活を送った。そして、日本樹木保護協会に連絡をとり、樹に関わる仕事を始めてみたら「自分にピタっときた」という。以前からインディアンの世界観への興味もあって、木や大地の霊性に感じることは多かったようだ。
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さて、樹医とは、どのような医者なのだろうか? たとえば害虫などが出ている場合、その虫の駆除だけを考えていては治療にならないという。まず、なぜその虫が異常発生したかの原因を探る。すると、ちょっと離れたところで工事があって、その木の根がダメージを受けていたりする。そういう原因をほうっておいて、出てきた症状にだけ対処しても治すことにはならない。木も人も、いろんな生物の関わりのなかに生きていて、そのバランスがとれていないと不調を来す。治療は、そのバランスを回復することにあると言える。いわば発想が東洋医学的なのだ。そのあたりの話は、とても興味深かった。

しかし、樹医の仕事だけでは食べていくことはできない。盛田さんは、お金を稼ぐ仕事としては造園業を営んでいる(創景舎らくだ屋造園)。6年ほど修行して5年前に独立。日々、汗を流しながら日当を得ている。それ自体は「小さな世界」だという。お話をうかがっていると、まさに肉体労働で、1回木の上に登ると3時間は降りずに作業を続けるそうだ。盛田さんいわく「命のやりとりをしている」「油断するとこっちが危ない」。予定は天候に左右され、雨が降ると休み。だから、スケジュールを予定的に組むことがなかなかできないそうだ。

また、樹医の仕事はなかなか入ってこない一方で、治療とは反対の伐採の依頼はたくさん入ってくる。そのあたりは葛藤もあるようだ。日本では木への感性は鈍くなる一方だ。盛田さんは3年前にイギリスに留学しているが、イギリスでは50年経った木は共有財産になるという。伐採するにも、木のライフサイクルを考え、いちばんエネルギーの充実している冬に伐ると、その木は死ぬことなく再生していく。それに対し、日本では、木々のバランスも考えず、ただジャマだからと伐採していく。それは、木と生活の結びつきが離れているからではないかと、盛田さんは話していた。家屋にしても、燃料にしても、木を切らせてもらって、そのおかげで自分たちの生活が営めているという感覚は、ほとんどなくなっている。また、植林して木材になるまで育てるサイクルは数十年単位だが、この数十年で、それはまったく狂ってしまっている。山を自然だという人がいるが、ほとんどの山は田んぼのようなもので、「自然」ではない。だから、人の関わりによって、まったく変わってしまう。

盛田さんは伐採で得た収入を基金としてストックし、将来的には、その基金を元手に木家集団をつくりたいと話していた。木家集団とは、山主から製材者、大工さん、建築家など木に関わる人がつくる団体のことで、木に対する哲学をもった、ひとつのサイクルをつくることと言えるだろう。
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どんな仕事にも矛盾はあるし、日々の仕事は、それ自体は地味なものだったりする。けれども、根に哲学をもっていたり、長期のビジョンを持っていると、日々の仕事の意味も変わってくるように思う。盛田さんのお話をうかがいながら、そんなことを考えていた。