このトンデモ条例の逐条について、松永英明さんという方が下記サイトでかなり的確に批判している。
 
なので、ここでは少し別の角度で考えてみたい。
このトンデモ条例をトンデモと思う人が大勢ならいいのだが、世間一般ではどうだろう。ここで問題視されている発達障害や不登校、ひきこもり、虐待、非行の当事者や実際に関わっている人ならば、トンデモと思うだろうが(そうあってほしい!)、世間的には、「やっぱり親が問題だからね」で受けいれられてしまいそうな気がして怖い。
 
トンデモ条例は、いまの子どもの問題と思われるものを列挙して、すべて「親心の喪失と親の保護能力の衰退」のせいにして、伝統的子育ての復権を説く。ここには、いまの社会への不安やムカツキがあるように思える。古い共同体は解体され、核家族さえもバラバラ、個々人が砂のように結びつきを失って、消費者としてしか生きられない。商品価値のない人は存在価値がないような社会で、自分という存在がどこにも受けとめられない不安、渇きがある。このムカツキは、よくわかる。私のなかにだってある。
 
問題なのは、このムカツキから、一部の「問題」とみなす人を排除し、過去を幻想的に美化して、復古を唱えていることだろう。それは心情的には受けいれられやすい。自分を問わずにすむし、不安やムカツキを簡単に吐き出せるから。トンデモ条例はほんとうにトンデモなので叩かないといけないが、こういう構図があるかぎり、モグラ叩きみたいなもので、いくら叩いても別のトンデモが出てくるだろう。
(つづく)