大阪市家庭教育支援条例案と
条例・法律による「親学」推進に関する緊急アピール
 
 5月1日、大阪維新の会大阪市会議員団が「家庭教育支援条例」の議会提出を検討していると公表し、各方面から批判が続出、7日には白紙撤回を表明した。しかし、この条例案は根本的に大きな問題と危険をはらんでいる。また、条例案の背後には国政での動きもある。この4月には超党派国会議員による親学推進議員連盟が発足しており、「『親学』を推進する法律の年内制定を目指し、政府に推進本部を設置することや、地方自治体での条例制定、国民運動の推進」を謳っている。大阪だけの問題ではないのだ。私たちは、大阪市条例案の完全撤回を求めるとともに、この条例案の出処である埼玉県など他の自治体における「親学」推進の取り組み、国会における議員連盟の動向にも強く懸念を表明する。
 
 同条例案は「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発」「それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与している」「親心の喪失と親の保護能力の衰退が根本問題」「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できる」としていた。
 問題は発達障害への無知にとどまるものではない。不登校、ひきこもり、虐待、非行など、子どもに関わる問題を十把一絡げに列挙し、その原因を「親心の喪失と親の保護能力の衰退」に求め、親への強制をともなう教育を謳っていたのだ。これは暴論と言わざるを得ない。
 たとえば不登校は、80年代までは本人の「神経症、消極的な性格」や「父親に男らしさが欠ける」など親の養育態度の問題とされていた。そこでは、子どもが不登校というかたちで訴えた問いが、個人の資質や家庭環境のせいにされてしまっていたのである。しかし、1992年には文部省も「誰にでも起こりうる」と認識を転換している。子どもが行けなくなるような学校のあり方を問わず、親の養育態度の問題とのみ捉えるのは時代錯誤というほかない。この条例案は、個々の問題への見識がないままに、すべてを短絡的に「親心の喪失と親の保護能力の衰退」に結びつけている。
 もっとも、前文に書かれた「子供の『育ち』が著しく損なわれている今日、子供の健全な成長と発達を保障するという観点に立脚した、親の学び・親育ちを支援する施策が必要とされている。それは、経済の物差しから幸福の物差しへの転換でもある」という問題意識そのものには、共有できるものがある。しかし、「親の学び・親育ち」と言いながら、その内実は道徳的に現在の親を断罪し、「伝統的子育て」の復権を説くものでしかない。また、親学推進協会の考えを受け売りしているもので、特定団体の思想を全面的に行政が支援し、条例によって家庭に介入し、価値観を押しつけるものとなっている。
 親を支援しようというのならば、「親心」を「教育」するのではなく、親の置かれている状況を改善し、子育て支援策を拡充するものでなければならないはずだ。しかし、大阪市は、学童保育への補助金廃止や子どもの家事業の廃止、ファミリーサポート事業の縮小など、次々に子育て支援策の縮小削減を打ち出している。実際には、行政が親を追いつめているというのが現状だ。
 「親心」を「教育」するなどという、しかも強制をともなう条例など、いらない。私たちは条例案の修正ではなく完全な撤回と、「親学」推進の中止を求める。また、「子供の健全な成長と発達を保障する」というならば、子どもに関わる事業の縮小削減を取りやめ、むしろ拡充することを求める。
 
2012年5月8日
特定非営利活動法人フォロ、不登校政策を考える市民ネットワーク大阪、結空間、小野洋(スロースペース・ラミ代表)、住友剛、中尾安余(結空間)中林和子(ふぉーらいふ)、花井紀子(フォロ代表理事)、宮田裕介、南口洋、宮野善靖(フォロ理事)、山下耕平(フォロ・全国不登校新聞社)、山田潤(学校に行かない子と親の会・大阪)、吉田充伸、湯上俊男(フリースクール・フォロ)、神戸フリースクール、子育て・不登校支援ネット クロスロード、嶋田香弥子(クロスロード代表)、伊藤慶子、伊藤樹、貴戸理恵、谷口志津江、村上悦子、島野加代子、おーまきちまき
 
※順次賛同者は列記します。

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