ゴミの埋立地に行ったり、犬管理事務所(保健所)に行ったり、葬儀のお話を聞いたり、コムニタス・フォロでは、ある意味での「死」に関心を抱いている。日常生活から排除されたものは、その後、どうなっているのか? その現場を知りたい! そして、その現場の未踏峰に、下水道がある。下水道の中に入ってみたいと、大阪府や大阪市に何度か掛け合ったが、これはどうも難しい。メタンガスが発生しているので危険だったり、工事中のところは、それはそれで危険だったりして、しかも見学施設はわりと充実しているので「そちらで見学してくれ」という話になってしまう。う~ん、でも下水道について、もっと深めて知りたいと思っていたところ、日本下水文化研究会なるNPOがあることを知った。
さっそく連絡をとったところ、関西支部支部長の木村淳弘さんが快く応じてくださり、お話しに来ていただいた。

下水文化は、じつに深い。世界の下水の歴史に始まり、日本の下水文化について、世界のトイレ事情など、あれこれお話をうかがった。ヨーロッパで歩道が整備されていたのは、車道部分に糞尿を垂れ流していたためだったこと、ヨーロッパでは19世紀まで糞尿のために非常に不衛生だったこと、それに比べ日本は鎌倉以降、糞尿を肥料として活用したため、きわめて衛生的かつ合理的な都市を形成していたこと。また、飛鳥時代から奈良時代にかけて20回も遷都したのは、都が糞尿にまみれて耐えきれなくなったからだという説など、歴史を下水から考えると、いままでにない視点で見えてくることがたくさんあった。お話は、どれも興味深く、下水文化の深さを堪能した。
とくに興味深かったのは、人糞を肥料にしていたのは中国、韓国、日本だけで、しかも人糞に経済価値を見いだして、制度的に取引するシステムをつくっていたのは、鎌倉以降の日本だけだという話だった。しかし、この偉大なるシステムも、戦後の日本では廃棄され、高コストで、しかも江戸に比べれば不衛生な、下水システムにとって代わられた。
では、今の時代に糞尿を肥料にできるかというと、サイクルが大きくなりすぎていて、難しいと木村さんは言う。ひとつには人口が大きくなりすぎたこと。それから、膨大な食料が海外から調達されているので、循環できなくなっていること。海外に糞尿を輸出すればつじつまは合うが、現実的には不可能だ。江戸時代は、人口3000万人くらいで、国内で食べ物や排泄物が循環していた。それによって、疫病の発生しない、世界にも例をみない衛生的で豊かな都市をかたちづくっていたのだ。
下水を見つめるだけで、世界史から文明のあり方まで見えてくる。糞尿の扱い方は、文明のあり方を体現していると言えるだろう。

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と、ひとしきり下水話を堪能したあと、「ごはんのじかん」にした(写真)。今日は粗食にしようということで、メニューは、自宅で発芽させた玄米と、ダシをたっぷりとった味噌汁、おからこんにゃくの唐揚げ、キャベツの塩もみ。まったくのベジタブルだったが、わりとボリュームはあった。ごはん中も、下水の話に花が咲いたのは、よかったのかどうか……。