今回のづら研は、「狭窄さんの研究」だった。視野狭窄の狭窄さん。しんどいときほど視野狭窄になって、何かにしがみついてしまう。そういうときは、狭窄さんがいらっしゃっているのだということで、研究してみた。最初に、野田彩花さんに話を聴きながら研究を進めたが、途中からは参加者もいろいろ話していたので、以下はゴッチャになっている。

・狭窄さんがいらっしゃるとき
まず、どういうときに狭窄さんがいらっしゃるのか、考えてみた。

・焦っているとき

・余裕がないとき
・失敗したと思うとき
・悩んでいるとき
・孤独なとき
焦っているときは、目と手先が固まってしまうなど、文字通り身体的にも狭窄になってしまうことが語られた。たとえば、バイトなどの研修でチェックされているとき、迷子になったとき、自分のペースを保てないとき、など。
失敗したときなど、どうやら他者からの評価は、大きく影響しているようだった。「私なんて」と思えてしまうとき、ひとりで酒を飲んでいるとき、頭ごなしに決めつけられたとき、などという声もあった。
・どんな狭窄さん?
狭窄さんは、そのとき盛り上がっている感情にとりつくらしい。怖い、不安などネガティブな感情の場合もあれば、うれしい、好きなどポジティブな感情の場合もある。ただ、登場するには方向のちがいもあって、
ネガティブ狭窄さんは、他者からのまなざしを気にしているときで、
ポジティブ狭窄さんは、自分から他者をまなざしているとき。
また、エネルギーが飽和状態になっているときは、それを放出するきっかけを求めていて、そのために、わざわざイライラする情報を見つけてきたり、自分のトラウマになるようなことに近づいたり、自傷的な狭窄さんが来る場合もあるようだった。
とくにタチが悪いのは、人にとりついてしまった場合。それがポジティブにせよ、ネガティブにせよ、その人自身ではなく、その人のある部分だけに狭窄してしまって、敵/味方に二極化してしまったり、勝ち/負けにこだわってしまったりする。そうなると、現実と出会いそびれてしまう。

・狭窄さんが来ているときの状態は?

まず、狭窄さんが来ているときは、その自覚がないということ。
そして、ループしてしまうこと。
狭窄さんが来ていることを自覚するには、ちょっと俯瞰してみることが必要で、そのためには、狭窄さんを否定するのではなく、狭窄さんを認めること、来ることを拒まず、むしろ、おもてなしをすることが必要ではないかという話になった。

・狭窄さんのおもてなし方法

狭窄さんを現実の人にとりつかせてしまうのが一番やっかいなので、妄想などで出番を与えてあげること。
人に話すことも大事だが、言語化できるまでには時間がかかるので、まずはエネルギーを放出する工夫をしてみること(怒られるのが怖い問題でも同じテーマがあった)。カラオケ、ゲーム、部屋の片付け、料理、散歩など。
狭窄になってしまっている関係から距離をとって、ちがう人間関係や、ちがう感覚世界に身を置くこと。第三者の空気を入れること(ただし暴力的な介入は問題)。

・狭窄さんのプラス面

文章を書くときなど、自分にもぐっていくには、シャットダウンも必要。アスリートやアーティストなども、狭窄なところがある? ただ、摂食障害や依存症など、それ自体が自己目的化してしまって、ループしてしまう場合もある。
誰しも価値観などは狭窄な面があって、自分の価値観で他者を決めつけないことは大事。主語をつけて「私はこう思う」など、自他の区別をつけることは大事。それをしないと暴力的になってしまう。
ほかにも、いろいろな話があったが、およそ以上のようなことが研究を通じて見えてきた。狭窄さん、なかなかの曲者だけど、ほどよい距離感を持ちつつ付き合っていければ、いいヤツなのかもしれない。(文責・山下耕平)