今日、大阪市が長居公園の野宿者テントを強制撤去した。世界陸上を前に、公園の「美化」をはかったものとみられている。この野宿者排除が非人道的であることは言うまでもない。あらためて批判するまでもなく、これは文字通りの暴力、しかも、権力による弱者への暴力だ。
私がここに書いてみたいのは、野宿者排除と“引きこもり狩り”の共通性である。
思いつくままに、共通点をあげてみる。

・〈野宿〉〈ひきこもり〉せざるを得ない社会状況があるにもかかわらず、その構造的問題を問わず、個人のヤル気の問題として扱っていること。
・構造的な問題は、この社会に生きるすべての人に共通の問題であるのに、一部の人のみの問題だと思いこまされていること。
・施策は、当事者の「自立支援」をうたうが、当事者のニーズと決定的にズレていること。野宿者のために大阪市が用意した施設への入居に応じた人はゼロだったし(※)、若者自立塾の初年度参加者は想定の4割未満、本人の意思が尊重されていたら、もっと少なかっただろう。
・〈排除〉〈引き出し〉後のビジョンが皆無であること。
・〈排除〉〈引き出し〉は、本質的に暴力であること。
・周囲の偏見から、その暴力が許されており、繰り返されていること。
・暴力をふるう側が、善意を装って暴力を正当化していること。
・その暴力が、わずかに残された生存の場を奪うものであること。

まだ、ありそうだ。野宿者の問題は、けっして対岸の火事ではないのである。コムニタス・フォロでも、いろいろに考えていきたい。2/17のサロンでは、野宿者ネットワークの生田武志さんを招いて、学習会を開くことにしている。

※2/5朝日新聞夕刊によると