先週、14日のサロンでは、高橋翼さんを囲んでおしゃべりをした。高橋さんは石川県出身で、1977年生まれ。小学校5年生のときから学校に行かなくなり、その後、通信制高校に通いながらバイトをいくつもして、不登校新聞社で働くことをきっかけに東京に。短期間だったが、私はそこで高橋さんに出会った。その後、高橋さんは障害者介助の仕事に就き、2007年に大阪(泉大津市)で、障害当事者とともに自立生活センターを立ち上げている。
私が高橋さんを呼びたかったのは、ひとつには不登校について、表面的な物言いではなく、根っこのところから言葉にされている感じがすること。もうひとつには、ヘルパーとして「支援」について深く考え抜かれているように思ったことがある。ちょうど、なるにわ参加者にもヘルパーの仕事に就いている人もいるので、お招きして、いっしょにおしゃべりしたいと思ったのだ。

●不登校について

最初にうかがったのは、不登校経験のこと。高橋さんは、自分が直接いじめられていたわけではないものの、小学校3年生のころからクラスでいじめが起きるようになり、そのことに衝撃を受け、それが自分に向かうことに恐れを感じていた。たとえば、家が魚屋であるとか、泳ぎが得意でないとか、運動が苦手とか、ちょっとした差異が、いじめや暴力の引き金になり、仲間外れや嘲笑の的となる。高橋さんが学校を休みはじめたきっかけは、裁縫箱の色が周囲とちがったことだった。それがイヤで、家庭科のある火曜日だけ休むようになった。ところが、先生に「先生のために明日は来てくれないか」と求められ、「行きます」と言ったきり、行けなくなった。しかし、そのことは当時は絶対に言わなかったという。
行かなくなった当初は、家でゲーム三昧の日々で楽しかったが、まわりの反応から、しだいに自分を否定されていくように感じる。たとえば、友だちはだんだん遊びに来なくなり、こちらから遊びに行くと、友だちの親に追い返されたり、自分が遊びに行ったことに苦情を言われることまであった。あるいは、親戚に「学校に行ってないの?」と聞かれたとき、母親が「行っている」とウソをついたり……。
周囲には学校に行かない自分に対する否定的なまなざしがある。そして、いまの自分の状態を否定して、何とかしようと働きかけてくる。だから、フリースペースなどを勧められても、拒絶していたという。
その後、10代後半に、シンポジウムで当事者として話す機会があったのをきっかけに、当事者グループができて、冊子の発行などを始める。周囲の否定的なフィルターを通すのではなく、当事者どうしが出会い、情報発信していったことの意味は大きかっただろう。

●ヘルパーとして

後半は、ヘルパーについて、お話をうかがった。不登校当事者としては、周囲からの「支援」に否定的だった高橋さんは、支援についてどう思っているのか。
高橋さんは、「介助というのは、本人ができないことを代わりにするという当たり前のことで、とてもシンプルなものだ」という。しかし、そこで判断を支援者側がするのは当事者にとっては「うざい」。かといって、言われたことをこなすだけのロボットになってしまうと、支援者側がしんどい。なかには、割り切ってできる人もいるが、高橋さんの場合は、そうはいかなかったという。
たとえば、ヘルパーと障害者の関係だって、人間関係だから、まちがうこともあれば、行きちがうこともある。理不尽なことを言われることだってある。そういうとき、仕事だからと流してしまうのではなく、自分の感情や思いはちゃんと伝えるようにしているそうだ。また、自分が不登校の当事者として感じてきたことを語ると、向こうも自分のことを語ってくれ、そこで関係ができてくることもあるという。つまり、具体的な介助の局面だけではない、人間関係の部分が重要だということなのだろう。
ただ、仕事の仕方は人それぞれで、いろんなヘルパーがいることが大事なので、わりきってやる人がいてもいいし、いたほうがよい、あくまで自分の場合はそうしている、ということだった。

●ALSの現場

しかし、たとえばALSの方の場合などは、急速に症状が進行してコミュニケーションもどんどん難しくなっていく。それを本人も受けいれられないし、周囲も追いつかない。いらだちも募るし、高橋さんも、ALSの介助現場に入るのは、「さながら戦場に赴く気持ちだった」という。
ALS患者のうち、気管切開をして延命するのは3割。7割は拒否して死んでいくという。しかし、その意思決定は、医師や病院によって大きく異なっていて、周囲の考えが本人の意思に深く影響している。
ALSの介助現場では、生きていることのむきだしの部分に直面し、生きることの価値とは何なのか、考えさせられることも多い、ということだった。なるにわ参加者でも、ALSの介助現場に入っている人がいて、大変さを口にすることもあるので、ヘルパーどうしで、その大変さが共有できる場というのも必要のように感じた。

●埋めてはいけないこと

また、障害者であるがゆえに、家族と特定のヘルパーのみに関係が限定されてしまっていることもあるという。しかし、ヘルパーだけが友人というのはおかしい。関係の希薄さはヘルパーが埋められるものではないし、埋めてはいけないものだと高橋さんは言う。むしろ、本人の生きていく世界をいかに拡げていけるか。そのサポートを、どうできるか。なかには、海外旅行に行く人もいたり、どんどん世界を拡げていっている人もいる。しかし、なかなかそこが難しい場合もある(ALSの場合のように)。そこが悩ましいところだとのことだった。
支援者は、その難しさに直面しながら、葛藤しつつやっていくほかないのかもしれないと、自分の場合に引き寄せながら考えさせられた。難しいものは難しい。葛藤するよりほかないこともある。悩ましさは尽きないが、悩まなくなったら、おしまいなのかもしれない。(山下耕平)