●生き物ではなく食べ物
さて、我々は牛や豚、鶏を食べますが(私は、いまはほとんど食べてないですが)、自分で殺して食べることはないですよね。昔は、けっこう自分の手で殺していました。日本では、たいていの農家では鶏を飼っていて、ナタで首を切って、逆さにして血抜きをして、さばいて食べていました。しかし、1970年代から、そういうことが急速になくなっていきました。
沖縄では、鶏だけでなく豚やヤギを自分の家でつぶして食べる習慣が続けられていました。豚やヤギだけではなく、名護市教育委員会の島袋正敏さん(1943年生まれ)によると、
「犬はね、当時(1950年代)だいたい当たり前に食べていたんですよ。もちろん名前をつけてかわいがって。豚やヤギには名前をつけませんでしたね。どこの家庭でも豚やヤギも、2、3頭は飼ってました。それから猫も薬としてだれかの具合が悪くなると食べていましたよ。名前はねえ、みんなタマだった。/家畜をかわいがることと食べること、これは対立するものではないんですね」(内澤旬子『世界屠畜紀行』2007)
猫を食べているのはすごいですね。薬になるかはわからないですけど。名前がみんな「たま」というのは、ペットと家畜の中間ということだと思います。犬は、沖縄だけではなくて、江戸時代まで日本人はよく食べていたらしいです。
2018年度に日本で屠殺された牛は106万頭(1日約3000頭)、屠殺された豚は1641万頭(1日約5万頭)、鶏は8億羽(1日224万羽)です(厚生労働省「食肉検査等情報還元調査」)。これは、犬や猫の殺処分や動物虐待よりはるかに多く、膨大な動物を殺して食べている。犬や猫はなぜ殺してはダメで、牛や豚や鶏は殺していいのでしょうか。コンビニやスーパーに行ったら、鶏肉は置いてある。しかし、実際に鶏を見る機会が少なくなっている。
●産卵鶏の実際
では、生き物としての鶏は、どのように暮らしているのでしょうか。日本には産卵鶏が約2億羽います。1羽の鶏が産む卵は、年間約300個です。ところが、1950年代には、産卵鶏が産む卵は1週間に1個でした。そもそも、野生の鶏だったら、年に6個しか産まないんです。産卵鶏は、人間による選択、淘汰によって品種改良を進めて、驚異的な効率で卵を産む品種につくりあげられた。いまの産卵鶏は食べた飼料の半分を卵に換えます。
しかし、自分の子孫になるわけでもない無精卵を毎日産むのは、動物にとっては、どう考えても不合理なことです。また、野生の鶏は就巣性(巣をつくって卵を抱く性質)やヒナを育てる本能があります。しかし、産卵鶏は就巣性や子育ての能力を除くよう人間によって選抜され続け、「毎日ひたすら卵を産み続ける」不自然な生物としてつくりあげられました。
それでも、たまに「就巣」を思い出す産卵鶏がいて、かえらない卵を1カ月ほどひたすら抱き続けます(エサもほとんど食べずに箱などにこもるために「巣ごもり」と言われます)。本能を取りもどしたこうした鶏は養鶏業では不要であるため、隔離されたり廃鶏にされてしまいます。
日本では、多くの養鶏場がヒナを専門業者から群れで購入しています。本来、ヒナは母親と過ごして生活スキルを学びますが、こうしたヒナは母親を見ることが一度もありません。人工孵化は第1次大戦のころにアメリカで開発され、広まりました。当時の農家は、人工孵化は倫理に反すると言って反対していましたが、陸軍の要請で始められ、それは世界中に広まりました。
動物科学者のテンプル・グランディンによれば、「産卵鶏は、すべての家畜のなかでも、もっともみじめな暮らしをしている」(グランディン『『動物が幸せを感じるとき』中尾ゆかり訳2009)。
産卵鶏は、生後10日から2週間くらいで、くちばしの一部を切り取るデビークが行なわれます。くちばしは神経が集まるところなんですが、麻酔をしないので、ヒヨコに大きな苦痛があるとされています。動物福祉の観点から、イギリス、オランダ、ベルギーなどでは、禁止の方向です。これも、日本ではそういう動きはありません。
その後、バタリーケージというケージのなかで育てられます。これはアメリカで開発され、日本には1950年代に入ってきました。いまは92%の鶏がバタリーケージで育てられてます。ケージ飼育は究極のシステムで、このなかには止まり木も砂場も巣もない。自然の状態では、鶏は羽ばたいたり、羽繕いをしたり、エサを探して地面をつついたり、爪をといだり、穴に入って砂をあびたりします。夜になったら、止まり木で寝る。しかし、ケージのなかでは、何もできない。
EUでは、動物福祉の観点から2012年から従来型の産卵のためのバタリーケージを禁止し、ケージの中には止まり木、砂、巣箱を設置しなければならないとしました(350羽未満の飼養農家、採卵鶏の繁殖農家は適用除外)。この10年以上前、スイスはケージ飼育を禁止し、スイスの産卵鶏は放し飼い、あるいは平飼いのみになっています。オランダも2008年にケージ飼育を禁止し、ほぼ100%ケージ飼育が廃止されました。しかし、世界の産卵鶏の60%は金網だけのケージで飼育されており(オークショット『ファーマゲドン』野中香方子訳』2014)、日本の産卵鶏は、ケージ飼いが96.2%、鶏舎での平飼い3.1%、放し飼い0.7%と報告されています(国際卵業協会2013年会議)。
産卵鶏は、150日齢ごろから産卵を始めます。産卵を始めて約1年すると、卵質や産卵率が低下していきます。この時点で屠殺される場合もありますが、日本の場合、66%(2014年)で「強制換羽」が行なわれます。「とんでもない習慣が、根絶できないほどはびこってしまった例がひとつある。強制換羽だ」(グランディン同前)。
強制換羽は、鶏に2週間程度、絶食・絶水などの給餌制限をし栄養不足にさせることで、新しい羽に強制的に抜け変わらせるという方法です。この「ショック療法」とも言える強制換羽で死ぬ鶏もいますが、生き残った鶏はまた市場に出せる質の良い卵を生むことができます。「しかし、この方法はとても残酷だ。メンドリは死亡率が2倍に跳ねあがり、攻撃的になり、つついたり、行ったり来たりする常同行動を始める。『感覚のあるほかの種に、ここまで餌をやらずにいたら、たいていの州で動物虐待禁止法に引っかかるだろう』とイアン・ダンカン博士は述べている」(グランディン同前)。しかし、日本では強制換羽の割合は近年むしろ増加しています。
卵の殻はカルシウムで作られるので、日々卵を生み続ける産卵鶏は、若くして重度の骨粗鬆症になっていきます。そこで、農家は17~18カ月齢になると鶏を殺処分して肉用にし(本来、鶏の寿命は10年を超えます)、次の世代のヒナを導入します。鶏は、一斉に集団「廃鶏」されるのです。「廃鶏」の肉は硬いので、肉だんごやハンバーグなどの加工用に利用されるか、埋められて肥料となります。
ここまで、産卵鶏について見てきましたが、肉用鶏(ブロイラー)、牛、豚もハードな生育環境で育てられています。しかし、今日は時間の関係で、産卵鶏の話にとどめます。
●アニマル・ウェルフェア
ヨーロッパでは、1960年代から、こうした動物たちの置かれている状況は動物虐待だとして、アニマル・ウェルフェア(動物の福祉)の運動が始まりました。次の「5つの自由」がアニマルウェルフェアを考える際の国際基準とされています。
1.飢えと渇きからの自由。完全な健康と元気を保つために新鮮な水と餌が確保されること。
2.不快からの自由。避難場所と快適な休息場所を含む適切な環境が確保されていること。
3.痛み、傷害、病気からの自由。予防と迅速な診断および処置がなされること。
4.正常な行動を表出する自由。充分なスペース、適切な施設、および同種動物の仲間が確保されること。
5.恐怖と苦悩からの自由。精神的苦痛を回避するための条件および対策の確保。
(上野吉一・武田庄平編『動物福祉の現在』2015/竹村勇司訳)
1968年以降、欧州評議会(COE)は家畜動物の保護に関する協約を策定し、1978年以降、EUは法的拘束力がある「指令」を施行し、産卵鶏のバタリーケージ飼育の禁止、ブタの妊娠ストール禁止などを規定していきます。動物福祉団体が改善にもっとも力を入れたのが「ケージ卵」です。通常のケージ卵に対し、放牧卵は2倍近く高く、有機卵はさらにその2倍前後となります。それでも、2010年にはイギリスで販売されている卵の50%以上は放牧卵になりました。また、アメリカではウォルマート(アメリカのすべての食料品の売上の25%を占めている)が2025年までに販売の100パーセントをケージフリー卵にすると発表しています(2016年)。
しかし、日本ではアニマル・ウェルフェアは一般に知られていません。また、EUのアニマル・ウェルフェア予算が年間140億円であるのに対し、日本は2000万円です(2015年)。松木洋一が言うように「日本の現実全体をみると、まさに畜産後進国として、欧米の畜産革命の波を被っていないかの様相である」(松木洋一『日本と世界のアニマルウェルフェア畜産(上)』2016)。
●野生動物は
もうひとつには、野生動物の問題があります。猪や鹿の年間捕獲頭数は、100万頭以上です(*グラフ3)。猪や鹿は増えすぎているんですね。もともと、日本には狼がいたので、明治時代に狼は悪質な存在だということで、バンバン殺したんです。そのため、日本狼は100年以上前に絶滅しました。その結果、猪や鹿には天敵がいなくなったんです。それと、人間が毛皮をとるために狩猟していたんですが、毛皮を人工でつくるようになって、戦後はそれもなくなりました。もうひとつ、山が豊かになっていることもあります。戦後、輸入木材が入ってきてから、山から木をとらなくなりました。そのため、一般のイメージとちがって、日本の山は史上これまでにないほど豊かになっているんです。猪や鹿にとっては、絶好の生育条件です。ただ、下草が食べられてしまうので土壌が壊れていて、雨が降ると山崩れを起こすようになっています。それは、生態系を揺るがす事態と言われています。
最近、熊や猪が町中に出てきて問題になっていますが、昔は里山があったので、人間の里と山のあいだに緩衝エリアがあったんですね。いまはそれがなくなってしまって、山と人間の里がつながってしまった。それで、野生動物が町に出てきて殺されています。
捕獲された野生動物は殺されて、大半は埋められています。昔は食べていたんですが、野生なんで、肉質にムラがあるんですね。それと、処理に手間がかかるので、ジビエはほとんど進んでいません。つまり、殺すだけ殺して、役にも立てていないわけです。
*グラフ3 猪、鹿の捕獲頭数(農林水産省)
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