私がフォロでボランティアを始めて、ちょうど1年になる。関わり始めた当初は、自分自身が人とのつながりを持ちたい、という気持ちが強かったが、最近になって、それが変わってきたように感じる。

フォロでは、日常的には、何か特別なことをするわけではなく、ゲームをしたり、追いかけっこ(プロレスごっこ?)をしたりと、子どもたちといっしょに自然な時間をすごしている。私は、ただ、そこにいるだけで、何やら次第におだやかな気持ちになっていく。

フォロに来る以前は、この、「ただ、そこにいる」ということが、どうしてもできなかった。人間関係にはつねに、明るくなくてはならない、積極的でなくてはならない、人から好かれなくてはならない、という「評価の視線」がつきまとっていたように思う。それは、思いこみだったのかもしれない。が、それを正してくれるものは何も見つけられずに、私は大人になった。

フォロに来て、子どもたちばかりではなく、いろいろな人たちといろいろな関わりを持つようになってはじめて、自分が世界の中心にいるわけではない、という当たり前のことに気がついた。それは、フォロが「価値のある自分」を要求してこない場所だからだ。そのことは、理屈ではなく、子どもたちの日々のつながりからも、感じ取っている。

人を尊重すること。人とつながりを持つこと。そんなありふれたことでも、守っていくためには、知恵がいる。この知恵は、たぶん、はっきりとしたかたちを持っているのではなくて、居場所のなかで少しずつ変化しながら、姿を現していくものなのだと思う。

フォロで1日すごしたあと、帰りの電車の中で、いつもいろいろなことを考えている。そんなときに、長い間、胸に抱えていた違和感が、すっと溶けていくことがある。現実には、何も解決していないし、何かが変わったわけでもないのだけれど、それでも、体がまたひとつ、身軽になったような、そんな感じがして、嬉しくて、おもしろい。

これからも、少しずつ変わっていくフォロにつながっていけることを、とても楽しみにしている。ありふれたものを、大事にしていきたい。

News Letter#23/2009.11.25より

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